The 移動。
長らくこちらでお世話になりました。
明日から、こちらでお世話になります。
こちら↓
http://djwalkhul.cocolog-nifty.com/blog/
よろしくお願いいたします。
まだ引越し先に記事を何も書いていません。
全然準備していなくて、見切発進
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全然準備していなくて、見切発進
お引越し&改名の日が近付いてまいりました。
・・・といいつつも、前ほど自分の中で盛り上がっていないんですよね ![]()
でも、引っ越しますよ。内容などいろいろ、変わらないと思いますけど![]()
なんで越したンや?ってことになりそうですが、折角ですからね~。(どう、折角なのでしょうね~
)
クリスマス(25日)に引っ越そうと思ったのは、クリスマスだからではなく、「新月」の日だからです。
人間の体を現す漢字には肉月と呼ばれる「月」がついていますよね。女性の生理も“月経”って言いますし。
つまり、命は月に大きく影響されるってことなのです。
かつては太陰暦で月の動きに合わせて暦を作っていました。本来はそっちの方が人間の生活には合っていて、正しい暦の姿だという主張もあるようです。太陽暦になったから、人間の営みのあらゆる側面に歪みが生じたのだと。
でも、月の周期で暦を作ると1年が365日よりずっと短くなって、年月が経つと季節が入れ替わってしまうことになるので、四季がある日本では採用するのに不都合が生じるらしいのです。
そうはいっても、月は密かに私達に大きな影響を及ぼしている存在なのです。暦に関係なく、ちょっと気にしてみるのも面白いと思います。
とまぁ語ったものの、そこまで思い詰めてのことではありませんが、新月はスタートにちょうどいいかなと。
ちなみに、私が生まれた日も新月だったようです。
そして、ちょうど今、届きました。

久しぶりの購入。オーラソーマのボトルです。
「今の自分に必要なボトルはこれかな?」ってカンで選びました。
これ、『再誕生』という名前がついています。「再生者」とか「目覚め」なんて表現もされています。自分を深く許し愛することを助け、本当の自分の意志や可能性、喜びや幸せに気付き、依存や恐れを手放せるようサポートしてくれるボトルです。
キャップの上にNOがついています。このボトルはNO22。現在109本ある中の22番目のボトルです。
「再誕生」というより、この22に惹かれて選んだ、というのが本当です。
というのは、22は、改名したニックネームをアルファベットにして数字に置き換えた時の全体数なのです。
11、22、33・・・はマスター数と言われています。普通は1ケタになるまで足していくのですが、マスターはこれで一塊とします。
22。数秘術の解釈もいろいろなのですが、オーラソーマでは、自己に内在する2の質(受容性)が宇宙の持つ2の質と一つになる、といいます。他でも、大体こんな感じで、宇宙全体の~みたいなスケールの大きなエネルギーを持っているといいます。
まぁ!すごい数字。名前負けしないようにしないと![]()
ボトルも石と同じで、どんな理由があれ“自分の手元に来た”ということに大きな意味があると思っています。それが「その時」だったのです。
ボトルもエネルギーがたくさん詰まったものです。石も地球のエネルギーを詰め込んだもの。つまり、エネルギーなのです。
私が無意識に発したエネルギーが引き寄せた、ということなのだと思います。
・・・とまぁ、長く書いてしまいましたが、もうすぐお引越しです。
この連休を利用して間に合うように準備をしないと。
いろいろ「あと少し」になって来ましたね。
今日は会社の忘年会です。
やらなくてもいいのに、上の人間はやりたがるんですよね、ケジメがつかないとか言って。
下は全然やりたくないのにな・・・。
一昨日、父を病院に連れて行きました。
顔の左側のひきつりが強くなってきて目がうまく開かない時があるので、車の運転(特に高速道路)はできなくなりました。なので、会社を休んでドライバーに。
顔の腫瘍と同じもの(転移)が肝臓にあるそうです。
顔の腫瘍が大きくなっているということは、肝臓のそれも同様に成長しているということらしく、顔の腫瘍からして、そう遠くないうちに肝臓の腫瘍が破裂するのではないかと言われました。
癌は延命治療はしないそうです。私個人としても望みませんが。
いつ爆発するかわからないので、やっぱり車の運転は止めた方がいいと言われました。
好きなものを食べて、好きに暮らして、残り少ない人生を楽しめと担当医に言われました(本人は聞いていません)。
父は勿論ですが、母を想うと気の毒です。いつそうなるかとビクビクしているのです。私もです。
でも、そうなると思ってしまえば現実化します。念というのは強い力を持っていますからね。
エネルギーは思考に従います。無理にではなく、素直に現実を受け入れられるように、目下調整中です。
年賀状は書きましたか?
「映画が見られる」という1枚300円の賀状を2通出しました。
ネットでしか購入できないそうで、ネット上で編集まで全部して、クレジットで支払います。
検索して見つけました。簡単に見つかりますよ。
明日から3日はクリスマス一色ですかね。
週明け26日からは年末年始で一色になって。
日本のこの時期は節操無いなぁって思います。クリスマスと正月の音楽が一緒に流れていたりして。
何はともあれ、今夜の忘年会を楽しく乗り越えねば!
今日は思いのほか予定が片付いた日でした。
今までの手紙の処分に始まった片付け。今日は壊れたノートパソコンやその他放置されている不要の機械類の処分をしました。
埃だらけで何が入っているのかわからない箱。隅に押しやられた謎の塊。
今にしてみれば「何故にとっておいたのだろう?」なのですが、そこへ追いやった当時は諸処の思いから捨てられなかったのですね。
「断捨離」って流行りましたが、皆さんは本を読まれましたか?
先日、初めて「ようこそ断捨離へ」(やましたひでこさん著)を読みました。
感動です。本当にそうだなぁって共感!
「モノと向かい合うことは、自分の無意識の世界と向かい合うこと」
「断捨離は無意識の世界の掘り起こし」
まさに、今の私がそれ。過去を一気に処分しようとしている私がいます。
これ以上停滞しているのは嫌!
淀んだ空気の部屋に寝ていても病が癒えないように、過去を引きずっていては前には進めない。
何かを手放すことで新しい何かを手に入れるスペースができる。
年末の大掃除のようでいて、人生の大掃除をしているようなものなのかな。
夕方にはパーマをかけに行って、その帰り道にオーラソーマのプラクティショナー登録用の証明写真を駅に設置してある機械で撮りました。
「リラックスしてください」と機械から声がしても髪型が決まらずバタバタしていたら、「本番の撮影をします」の声が、そして急いで髪から手を離してパシャ!
もう1度撮り直しができるのを知っていたので、とりあえずと思っていたのですが、撮り直しの方がわざとらしくなってしまい、胡散臭さが漂ってしまったので、結局1枚目のバタバタ撮影の方を採用に・・・。
800円もして、これかよ~と思いましたが、身構えなかっただけに素の自分が写っていて、逆によかったのかなと思い直しました。オーラソーマは心を扱うものですから、今の自分が素直に出ていていいかなと。
美容室で読んだ雑誌の占いでも、来年は一歩踏み出す年になる様子。
石でも「過去を手放し、未知の世界へ漕ぎだす勇気をサポート」してくれるという子が手に入りました。とても人気の石で、昼間石がUPされるサイトなので、19時過ぎに帰宅してからサイトを覗く私は出遅れるばかりでした。それが、今、このタイミングでこの時期に!売れずに私を待っていてくれたような、まさに奇跡的なことなのです。
「断捨離」、おすすめです、本も実行も。
お久しぶりです。
ララも両親も元気です。
父の癌も治りませんが、暴れもせず、のぺっとしているようです。
随分穏やかな日常になりました。
父もお酒を飲むのを止めて、ヨーグルトも食べるようになりました。
相変わらず肉好きで野菜嫌いなのが困りモノですが、初期に比べたら“受け入れよう”という気持ちが大きくなってきているようにみえます。
母も一時のショックからくる落ち込みから立ち直り、家中に響く大笑いを頻繁にするようになりました。笑うのはいいことです。父も一緒に笑っています。w
というわけで、更新しなかったのは、さぼりです。すみません![]()
私も小さなラッキーに心弾む日々が続いています。
先日のボーナスの未だかつて無い小額にガッカリはしましたが、出してもらえるだけ幸せだと素直に納得できた自分がいました。
「ない」にではなく「ある」ことにフォーカスする。「ある」ことに感謝する。
はづき虹映さんの本に書いてありました。そうだなぁって思います。
土曜の夜、寝る時にふと「今までの郵便物(もらった手紙や年賀状)を全て処分しよう」と思いました。
別に年末だからとかではなく、本当に唐突に。
そして翌日、一日かかって半分ほど捨てました。破るのが大変でした。
そうしてみて、初めて思いました。
今まで他人に合わせて生きてきていた、自分の心の声より他人(親含む)の顔色を優先して生きていたんだなぁって、しみじみ思いました。
だから、こんなにも、中学の時からの手紙が全部残っている。
捨てたら縁が切れてしまうようで恐くて捨てられなかった。相手に悪い気がして捨てられなかった。その手紙があろうとなかろうと、切れる縁はとっくに切れているし、手紙がない人でも繋がっている人は繋がっているのに。
まだ半分ほど手がつけられていない分があるけれど、半分捨ててみて、本当にスッキリした!箱も処分したから空間もできたし。
手紙という物質を処分したのだけど、実は心につかえていた物を取り除いたのだろうな。
そういう箱に囲まれて生活していたから、イマイチ晴れきらない部分があったのかもな。
というわけで(?)、このブログも閉じようと思います。
とはいえ、ロンの最期が載っているので、引越しします。フリーに。
内容ではなく、私が引っ越します。w
なぜなら、ニックネームを変えたいからです。「ぷよ」を卒業したいと思います。
「ぷよ」でも楽しいことが沢山ありましたが、今、自分の中ですごく大きな変化が起こっています。大きなリセットの時が来ている気がしてならないのです。
それは、来年、2012年12月21日(でしたっけ?マヤの最後の日)のアセンションに関係があるのかもしれません。
よくわかりませんが、アセンションに向けて自分が自動的に整理されていっているように感じます。それも、いい感じに。
引越し先の枠はもう作ってあるのですが、といってどういうブログにしたいのかは未定です。
でも、「ぷよ」でも猫ブログでもない、来年やってみようと思っているコトを軸にしたものにしたいと思っています。
今は自分で自分が楽しくてしかたない状態です。自分にわくわくしちゃいます。
このわくわく感が両親にも伝わっているし、ララにも伝わっている。
だから、皆でけっこう楽しく暮らしています。父の癌が発覚する前よりも、ずっといい家族になってきていると思います。
クリスマスの頃に引っ越したいと思っていますが、どうでしょう?
私個人としては、なんとなくいい感じなこの頃です。
両親も混乱期を過ぎたのか、穏やかに過ごしています。
最近、はづき虹映さんの本を数冊読みました。
いや~、はづきさんの説明はわかりやすい!
オーラソーマと同じことを言っているのに、日常的、生活密着型の解説なので、す~っと入っていけます。
オーラソーマはちょっと専門的な言い回しが多いので、堅苦しいところがあんですよね。それでも面白くて勉強したくなっちゃうんですけど。
はづきさんお勧めの習慣を実践してみると、あら不思議!はづきさんが言うところの「奇跡」が私にも起こり始めました!!
「奇跡」というとミラクルで超常現象的ですが、はづきさんが言う「奇跡」は日常生活で出会う小さなラッキーのことです。
でも、これが1日に1~2個、ほぼ毎日あったとしたらテンション上がりますよ。
私が体験している「奇跡」は、電車で座れる率が格段に上がった、間に合わないと思っていたバスや電車が不思議と遅れて間に合う、予想外の割引をしてもらえる、久しぶりな人から連絡が来る、会社の人間関係がよくなる、仕事が楽しい、ララや部屋の植物の成長速度が上がっている(寒いのに) etc・・・
何よりも、心が軽く楽しく明るくなって、それが両親にもいい影響になっているようです。
ここまで軽くなれたのは、オーラソーマ製品を使ってきたことも大きな要因ですが、はづきさんの本との出合いは大きいですね。
ちなみに、私は全てネットの古本で買いました。
今のネットの古本はきれいですね。消毒やクリーニングもしてあって、定価以下できちんとしたものが手に入るのですから、ありがたいことです。
本を読んだ人のコメントも参考になります。
はづきさんの本でハッピーになった人が沢山いる一方で、買うほどの内容ではなかった、こんなことで幸せになれるなら日本中幸せな人間で溢れている、といった批判的なものもあります。その人の心の柔軟さにもよるのだろうと読んでいて思いました。
私が始めてオーラソーマの授業に出た時のようです。心がカチカチで、急には沁みないのです。焦らずじわじわ~が大切かなと。
うちの母にも勧めていますが、そんなものかしらね、程度の感動だけみたいです。それでも栞の位置が進んでいるので、少しずつ読んでいるようです。w
心にじわじわと沁みていけばいいなと。きっと母のためになると信じています。
命あるものはみんな、宇宙とつながっているんですよね。
毎日更新しているのに、毎日わからん話ですみません。
お陰様で、書くことで救いになっています。考えがまとまっていいです。
家族にこういう出来事が起こったのがこの年齢や時であったことに、ひどく納得なこの頃です。
父が癌とどう向き合っているのか、今ひとつわかりません。
ショックで凹んでいるようでもないし、自棄になっているようでもなく。
表面上は大きな変化があるわけではなく、よくわかりません。
でも、夜、眠れないのか1Fへ降りてゆくことが何回かありました。
「このまま寝ている延長で死んじゃったらどうしよう」なんて不安になるのかな、と気の毒に思ったりもするのですが、その割に努力は一切しませんしね・・・。
どうなりたいのか、どうしたいのか、昔から一切言わない人ですが、こうなってみても尚更わからないですね。
病気にかかわらず、日常的に家族だから心配や疑問から聞いたりすることもあれこれあるじゃないですか。でも、「関係ないだろっ」って言うんですよ。
関係ないんですって。だったら、家族やめたらいいのに。
父がそうやって無駄に虚勢を張るのは超傷付きやすいからなんですよね。
父親を早くに亡くし、母親の強烈な圧力下で世間知らずに育ったので、成長と共に世間との溝が深まって馬鹿にされたり裏切られたりの連続の人生だったようです。
だから、一般的にはわけわからん言動や態度でも、本人には必死の自己防衛なんです。
ただ、「傷つく」ってことを考えると、傷つけているのは自分、なんですよね。
「○○ができないから自分はダメな人間なんだ」とか「~すべきだったのにしなかった」とか、人は毎日自分を厳しくジャッジしていると思います。
「~ねばならない」「~すべきだ」「~とあるべきだ」って考え方が横行しているように感じます。
そうやって自分で自分を厳しくジャッジ(評価)する度に、自分の中に硝子の破片のようなものができて、それが自分を傷つけるモトになっているのだと思うのです。
その破片は外からの言葉や行為に反応します。
例えば「デブ」と言われた時、「自分はデブだからもてないんだ」等の気持ちを持っている人は傷付きやすいと思います。太っていても「太いけど、そんな私が好き」と本気で思っている人だったら傷付かない可能性が高いのではないかと。
だから、自分へのジャッジが激しい人ほど傷付きやすく、それは「自分を信用していない」という度合いとも比例すると思うのです。
そういう意味で、父は他人も信用していないけど自分も信用していないのです。
「内側にあるものは外側にある」
まさにコレですね。
また猫ブログらしくないネタですみません。
ララ、元気です。太りました。ぼよよんアザラシです![]()
親が離婚したら子供はショックです、たぶん。
でも、離婚しないから子供が幸せかってなると、それもコトと次第によりますね。
母が結婚を悔やむようなことを話してくることが増えてきて、悲しいです。
しんどい、というよりも悲しいですね。
母の母(私の祖母)の都合(勝手な理由)で急いで設定した結婚だったそうですが、そうはいっても最終的に結婚を決めたのは母ですから。母のシナリオがそうなっていたんですよね。
母も母親のことでは苦労しています。これもカルマの連鎖を感じますね。
どんな人にも必ず両親がいます。
両親にも両親が、その両親にも両親がいて、更にその両親にも・・・・って、連綿と続いているのが御先祖様。
富士山をサカサマにした形のような系図ができて、一番下の先端に「私」がいる。
つまり、私はこの膨大な人達の結晶。
生物学的に考えても、染色体の分裂の際にDNAの中にちょびっとずつ御先祖様達の何かが入っているはずです。
だから、「私」は(今の時点では)御先祖様達の結晶なのです。
これ、オーラソーマで教えていただいた話です。
「御先祖様を大切にする」ということを考えた時、お墓参りをマメにするとか、仏壇に毎日手を合わせるということができたら素晴らしい。でも、地理的に難しいとか、続きにくかったり、“しなければならない”と自分にプレッシャーを掛けて苦痛になってしまったりする可能性もある。
でも、もっと手軽で毎日できる方法がある。それは、「自分を大切にすること」。
自分が自分らしく生きること。魂が喜ぶ人生をできるだけ歩むこと。それは自分も嬉しいし、自分を通して御先祖様達にも喜びを伝えることになる。
そして、自分が今あることを感謝する。それは御先祖様がいなければありえないことだから。
「自分」ってすごくないですか?
日々の両親を見ていて、直接的に癒そうとか助けようとしたらダメなんだと思いました。
「助けよう」って思うこと自体がもうダメなんだろうな。
だって、自分は自分でしか助けられないから。自分の中から湧き上がるモノが無いと、周囲がいくら騒いだって、与えたって、効果が出ない。
だから、私は私を救う。自分を大切にする。それがきっと両親の救いになると思います。
個人的でわけのわからない話が多くて恐縮です。
また、そういうこと思いついちゃいました。
この先、結婚して子供を産むかどうかは全くわかりませんが、もし私が両親の魂が背負ってきた業(カルマ)を断ち切ることができたなら、私は子供を産まないかもしれないなと思うこの頃です。
何故、生物は子供を産み続けるのか、ずっと考えてきました。
微生物や昆虫の中には産むだけの為に存在しているように見える一生の種もいます。
短い生涯、命のやり取りの毎日、その中で必ず繁殖を、しかも命掛けでする野生生物。
強い遺伝子を残して種を繁栄させるため。本当にそれだけなのかなと。
人間はもっと不思議。
愛する人の子が欲しいから産む。そうなんだと思います。
でも、全てがそうではない以上、それが人間という種の本来の目的なのかと。
命のやり取りもないし、強い弱いもない。そりゃ優秀な遺伝子の方がいいだろうけど、じゃぁ「優秀な遺伝子」の条件は何?
自分が今の環境を望み、今の人生のシナリオを書いて産まれてきたというのなら、その理由と目的が「前世でクリアできなかった課題の克服」であるのなら、「産む」の本当の理由はカルマにあるのかなと思えてきました。
もしかしたら、「産む」よりも「産まれたい(この世に出たい)」という赤ん坊の力の方が強いかもしれない。
また、子孫を残すのは「やり残した業を自分の遺伝子を受け継ぐ者にクリアしてほしい」という高次の意思が働いてのことなのかもしれないなと。
まぁ、よくわかりませんが、ちょっと腑に落ちた気がします。
魂のレベルでは、それぞれの人がちゃんと予定通りに人生の歩を進めているのだそうです。
だから、誰もが毎日「すべてはうまくいっている」のだそうですよ。